日本も加盟しているWHOの「タバコ規制枠組み条約」では、「2010年2月までにすべての公共の建物内の完全禁煙」をガイドライン(指針)としています。子ども、家族、自分、大切な人がタバコの被害を受けない社会作りが必要だと思います。
禁煙パイポ コレで辞めて大成功
禁煙パイポ コレで辞めて大成功
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20100201/CK2010020102000049.html
「禁煙パイポ」と聞いて中高年の人がまず思い浮かべるのは、あのCMだろう。
男性A 私はこの禁煙パイポでたばこをやめました。
男性B 私もこのパイポでたばこをやめました。
男性C (小指を立てて)私はコレで…会社を辞めました。
いかにもまじめなサラリーマン風の男性三人と「落ち」とのギャップが強烈なインパクトを生んだ。設立から一年もたたない零細企業の「アルマン」が、一九八五年一月に全国ネットで流したCMは大反響を呼び、「私はコレで…」は新語・流行語大賞の大衆賞を受賞。まねをする子どもたちに親はまゆをひそめた。パイポは生産が追いつかない人気となった。
当時アルマン社長だった三好重恭さん(78)はもともと、世界初の電子ガスライター(六五年)を発売したマルマン(中央区)で商品開発部次長を務めていた。体が弱く「たばこは健康によくない」と思っていた三好さんは、当時の健康ブームと禁煙志向の高まりを見て「禁煙グッズを作れば必ず売れる」と確信した。
しかしマルマンでは当時、「喫煙具を売る会社が禁煙グッズを売ることはできない」との考えが強かった。
「それなら独立するしかない」。三好さんはマルマンを円満退社。八四年三月に一字違いのアルマンを設立した。従業員は四人。吸うとフルーツなどの香りが広がる商品はすぐにできたが、販売ルートがない。
「とにかくインパクトのあるCMを作って売ろう」。わずか五百万円の予算で三好さんがCM制作会社に出した注文は「大企業が絶対に採用しないCMを作ってくれ」だった。
現在は古巣のマルマンがパイポ製造・販売元となった。今や伝説となった成功物語。世田谷区で健在の三好さんは「こんなに長く市場に残るとは思っていなかった。パイポは私の人生で最大の喜びです」と語った。 (中里宏)
<めも>「小指編」のCMは制作会社が「これは採用されないでしょうが」と遠慮気味に出した案だった。演出はCM界の鬼才で後の映画監督市川準さん(故人)。アルマンは年商40億円に急成長した。2001年、同社をマルマンが吸収合併。禁煙グッズ市場が15億円に縮小した現在もパイポは「市場の5割を押さえている」(同社)という。9種類のうち昔も今も売り上げトップは「リラックスパイポ」(1箱315円)だ。
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